「母に甘える訓練」

今日は父の日。
私には父がいないので関係のない日。
父は53歳で亡くなった。
生きていれば61歳。


母のことについて書きたいと思う。

母は57歳。
父の事業の失敗により39歳で離婚し、
高校生だった私と兄を育てた。
昼夜働く母は毎日疲れていたように思う。

そして、私は母の愚痴を毎日聞くようになった。
私が両親の離婚で受けたダメージを、母に癒されることはないまま。
「私は寂しい」とは言えなかった。

離婚してから母は私にとっては
「私に甘える姉」という存在になってしまった。

離婚した当時は母子家庭である我が家はすごく貧しかったので、
私は20歳で、専門学校に通う学費を貯めに
実家から出て、遠くのホテルで住み込みで働き始めた。

毎月30万円ほどのお給料。
そして私は一年後、150万円を貯めた。

一年して実家に帰った際、
母にその150万円を渡すことになった。
父の抱えた借金を肩代わりしたのだ。

おかげで私は進学を諦め、そして独学で技術職に就いた。
独学でなれたことは意地だった。
しかしこのことを私は20代に恨んだ。

母に15歳から、甘えたことがなかった。
15歳からアルバイトし、高校の学費は奨学金を受け、
母に小遣いすらもらったことはなかった。

私は、15歳から両親を頼ることが一切出来なくなっていた。

そのことを今になって思う。
本当は、甘えたかったのだと思う。
それは一番に母に甘えたかった。

そのことに最近、気づいた。

「今、甘えてやろう」と思った。

相変わらず母は私に愚痴ばかり言う。
そして躁鬱の私に「大丈夫?」と聞いたことは一度もない。
私は母に愚痴や悩みを言えなくなっていた。

でも、「今、甘えてやろう」と思った。

ささやかなことで甘えてみよう、と思った。

愛されてなかったとは思わないけれど、
15歳から貰えなかった愛情を、今から少しづつ貰おう、と。

その想いを、どうやって昇華できるのかは分からない。

でも今朝、
「朝食にパンを焼いて欲しい」
「コーヒーを入れて欲しい」と言えた。
そんなささやかなことさえ、私は言えなかったから。

これからは少しずつ、こうして母に甘えてやろう、と思う。

それは満たされなかった15歳当時の私を慰めるだろう。









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by foxyborderline | 2013-06-16 09:20 | Comments(0)


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