「父の命日」

10月26日は父の命日だった。
父は七年前に54歳で死んだ。

父の遺骨を預けているお寺まで、
ひとり片道2時間かけて、近県の地方都市まで向かう。

なぜ地元に墓がないのかというと
父は親族と縁を切っているからだ。

それに母とは離婚している。

父には当時24歳離れた恋人、Mさんが居、
その人が父の最期を看ていた。

昼夜働き、肝炎から肝ガンになった父の介護をしてくれていた。
ただ、死を看取ったのは病院に駆けつけた母だった。

亡くなっても、Mさんは6年も父を想いつづけた。
死んでしまった恋人は、なかなか忘れづらい様だ。

父の遺骨の管理はMさんがしていた。
お寺にいれることを決めたのもお金を出したのは、Mさんだった。
6年間、私とMさん二人で供養をしていた。

出来るだけ、気を遣わせたくなかったので
私はいつも、事前に墓参りに行くことをMさんには言わなかった。
しかし、いつも決まって当日に、彼女から電話が入って合流していた。

供養が終わってから、一緒に酒を飲むのも恒例だった。
私は彼女を尊敬していた。
そしてMさんは私に会うことをとても嬉しいと言ってくれていた。

でも去年七回忌を済ませたあと、私に管理を変更した。


今年は、Mさんから、電話もメールも無かった。

それでいいのだ、と私は思った。
彼女にも未来がある。私は結婚出産もして欲しい。

でも、もし来ていてくれたとしたら、きっと彼女は気づくと思う。
墓前に父の大好物を、ふたつ持って行ったからだ。

父は破天荒で、酒飲みで、お洒落で、女に持てた。

事業を潰し、母と兄、私にとても苦労をさせた。

私が境界性人格障害になったのは、家庭のせいとも言える。
一番多感な時期に、私は子供でいられらなかったからだ。

未だ、父を想うと泣けることもある。
父が生きていてくれたら、と想うこともある。

人の人生の長さはそれぞれ決まっているようだ。

54歳と、短い人生だったかもしれない。

それでも父は、母とMさん、そして私、3人の女に真剣に愛されたのだから、
きっと、父は幸せな人生だったはずだ。








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by foxyborderline | 2013-10-28 20:45 | 日々 | Comments(0)


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