「通院」

先日は医大に通院の日だった。


今回は採血が行われ、私は怖くて座ってなんか無理だと言い、
ベッドで泣きながらやってもらった。

痛みを我慢することが極端に怖くて、いつも注射針を刺されると泣いてしまう。

まるで子供だ、と思う。


結局、希死念慮は治まっていなかったらしく、
診察室でもまた、泣いていた。


三年前に別れた、元不倫相手のAさんとの別れから来るフラッシュバック。

芋づる式に思い出される過去の過ち。


自責の念と自己嫌悪で、一瞬で闇に突き落とされる感覚。


毎日毎日これが続き、私は死にたい!と強く思う。



主治医は

「Aさんから別れを告げられたときのことを、詳しく思い出して」

と言った。

「なぜそんなことしなくてはいけないの? こんなに辛いのに!」と私は言った。


「何度も何度も思い出して、具体的に思い出して、
それに慣れたら、思い出しても平気になる」

と言って、「Aさんに別れを告げられた時のこと」とタイトルを書いた紙を渡してきた。


この紙に、そのときの状況を詳しく書いてきて、と。


Aさんに愛されなかったのは、亡くなった父の記憶とリンクしていて辛い、
と先生に訴えた。


「私はお父さんに殺されかけた。愛されていなかった」

と私は言った。

「ちょっと待って!その話は初めて聞くよ!!!」

と先生は驚いた。


私は、その話を言っていなかったのか。



事業に失敗した父が自殺未遂をしようとした際、
登校拒否になっていた私は自宅にいた。

中学2年生だったと思う。


真っ昼間の居間、父が自分のお腹に包丁を突きつけていて、私は悲鳴をあげた。

そのとき、父は私に包丁を向けた。


その後の記憶は、もうない。


泣きじゃくる私に、先生は


「トラウマへのアプローチをすれば
境界性人格障害を治す、きっかけが作れるかもしれない」

と言った。

認知行動療法をうけてみないか、と。


ただしそのカウンセリングルームは、保険適用がなく自宅から遠い。

でも先生が最も安心して勧められるのだと言う。

(私の通う偉大には臨床研究対象である患者しか、心理士さんとのセッションは不可能)

私は「お金がないから難しいけれど、考えておく」と言った。


それから、

「もう、嫌だ。暴れたい!」

と私は言い、必死でその行為を抑えた。


予約票と処方箋を渡そうとする先生に対し

「もう私のことがうっとしいから、診察切り上げたいんでしょ!?
私のことなんて、見放すんでしょ!?」

と見捨てられ不安も爆発した。

「見捨てられ不安が出た」と私は口にした。


先生は

「ひとまず認知行動療法を受けるか考えて。
それから紙に書いておいで。
血液検査の件は、また来年に」

と言った。



結局は泣いたまま診察室を後にした。



愛されたいという気持ちは、どんなに諦めようとしても結局、根底にはくすぶる。


それは父の亡霊で。



健常者なら、苦しみを時間をかけて昇華したり解決したりできるだろう。


でも、精神障害者の私は、ただ生きていれば生きているだけ
苦しみが蓄積していくだけで、なにひとつ解決できない。


こうやって、苦しみが蓄積されて、そして私はもっと壊れるだけなんだろうか。


それなら、私はなんのために産まれてきたのか。


楽になりたい。


もう、楽になって、死んでしまいたい。










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by foxyborderline | 2015-12-09 16:05 | 治療について | Comments(8)
Commented by foxyborderline at 2015-12-11 15:20
はち。さん
コメントありがとうございます。
そうですね、カウンセリング、行ってみる価値はあるかもしれませんね。
一ヶ月、バカみたいに服を買わなければ行けるのです。
考えてみます。
でもどこかで、変化することが怖いという気持ちもあります。
ボーダーというアイデンティティを手放したら、私に何が残るのだろう、と。

人生は勝ち負けではないとは思いますが、
私は決してブスではありません。
それなりにモテてきましたし、ちやほやしてくれる男性もいます。
それなのに、私は、ずっと不幸なまま。
何一つ、得られません。

おかしいです。情けないです。
自分でも笑ってしまいます。
Commented by こころ at 2015-12-11 21:23 x
自分の思うままに生きてないから
つまらないんです。

自分を病気といわないで
つらい気持ちを認めてください。

敏感だから
生きにくいのは当然で
繊細なのに
大切にされず
つらい思いをしたのが
鈍感な人より
深い深い傷になっているんです。

当然です。

もともとの魂が
地球の人間と違うだけです。

地球の人間は残酷です。
あわれです。
愚かです。

これほど真剣に人を
愛さないし
誠実には生きていません。

繊細で
愛が深いことを
悪くばかりとらないでください。

私も生きにくい毎日ですが
自分に誠実に
自分を大切にして
生きています。

自分に正直に生きれば
かならず
現実の世界に味方や
理解者が現れます。

病院は一時的な
逃げ場だと思って
現実の世界で本当に愛する人や
味方や理解者を
本気で探す勇気を持ってください。

お金のかかる病院は
一度、離れてみませんか?

もっと強く強く
自分を信じる努力をしてください。

あなたがもったいない。

Commented at 2015-12-14 19:53 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by りん at 2015-12-16 01:14 x
私も同じ症状を持っています。
また幼い頃に父に包丁をつきつけられ、母が帰って来なければ死んでいたと思います。同じような体験をしています。父も精神の病気でした。
今日ブログを拝見し。涙が出ました。
自分が嫌いで自分を殺したくて、それでも整形したり違う自分を演じて生きてきました。
元の自分を愛せなければ治らないのだと、最近気づきました。しかし、顔も体も変わり、元の自分の性格も思い出せず、どうやって元々の自分を認めていいのかわかりません。
長々と自分の話を失礼しました。
違う自分になっても、薬を飲んでも、今も私も症状が出て、すべてを失ってしまいそうになります。
治したいです。これが病気なら治したい。
治療のお話とても参考になりました。
ありがとうございました。
Commented by foxyborderline at 2015-12-21 10:55
はちさん
コメントありがとうございます。
空っぽなアイデンティティのまんま、私は生きて行くのかもしれません。
男性からいくら性的対象として見られていても、なんにも満たされないのですから。

治療は継続して続けます。
ここは生命線なので、死守しなくてはいけません。
自殺行為が怖くてできなくなった今、死ぬまでは死にたくても生きなくてはいけませんので。

そして、私は誰の記憶からも薄れたいです。
誰かに愛されることを望みながらも、
人間関係を持たなければ傷つくリスクを回避できる、と安心している部分もあるのです。
それが人間らしい生活とはかけ離れていたとしても、私にとっては気楽な生き方でもあります。

愛されたいのは父親。
それはもう、父が死んだいま、叶うことはありませんから。
諦めるしかないのだと思います。
もっと、強くならないといけません。
Commented by foxyborderline at 2015-12-21 10:59
こころさん
コメントありがとうございます。

どうでしょう。私は自分の思うままに生きていないのでしょうか。
自分に正直に生きることで、散々傷ついてきました。
だからもう、最低限「生きているだけで立派」「それ以上を求めない」というスタンスに変わってきつつもあります。

愛されたいという想いは確かにあるのですが、何をもって愛なのか。
それすら分からないのです。

通院に関しては、薬をもらえることで、日常生活がようやく成り立っているので
ストップすることはないと思うのですが、
すべてを主治医任せにせず、自分自身と前向きに向き合うことも大事だと、
最近は思うようになっています。

「あなたがもったいない」
素敵な言葉を、私なんかにありがとうございます。
Commented by foxyborderline at 2015-12-21 11:02
Yさん
コメントありがとうございます。
あれから、ほんの少しですが持ち直しています。

ボーダーかもしれない、と思われるのですね。
もし良ければ、岡田尊司先生の「境界性パーソナリティ障害」という本をおすすめしておきますね。
私はこの本を読んで、病院に駆け込みました。
判断基準の全てに当てはまったからです。
よければどうぞ。

健常者の方の日常は、もっと明るく希望に満ちているんでしょうか。
こんな風に、毎日毎日自分を責め、心をずたずたにしなくてもいいんでしょうか。
まったく想像がつかないですね。

それでも私は、障害を持って生きて行かなくてはいけません。
なんとか、死ぬまでは生きたいと思います。
お心使い、ありがとうございます。
Commented by foxyborderline at 2015-12-21 11:05
りんさん
コメントありがとうございます。

お互い、辛い経験をしてしまいましたね。
その時に死んでいたならどんなに楽だっただろう、と思うことすらあります。

変化しよう、成長しよう、と努力なさってこられたことも、
御自身で褒めてあげられることができたらいいですね。

私もなかなか難しいですが、そうなれたらどんなにいいだろうと思います。

お互い、自分をいたわりながら生きていたいですね。
よければまた遊びにいらしてくださいね。
応援ありがとうございます。


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