「ボーダーであるということを選んでいるのか」

2012年9月に書き出したこのブログ。


当時私は寝たきりで、毎日目が覚めてはベッドで絶叫し
オーバードーズ、首つり、入水など、連日自殺企図を繰り返していた。

ボーダーである基準を調べる、DSM-IV診断の項目全てに当てはまっていた。

自傷、試し行為、自殺企図、
なにもかもやっていた。


寝たきりになっていた間、貯金も底をつき
生活保護も受給出来なかったため、仕事せざるを得なくなり
今はなんとか社会復帰している。

きっと私は今、高機能型ボーダーの傾向が強いのだと思う。


お金に困り社会復帰に駆り立てられることになったけれど
それは治療のおかげでもある。

ボーダーを専門に診られる精神科医、
その精神科医とタッグを組んで認知処理療法を行ってくれるカウンセラー、
クリスチャンである私を、信仰で支える牧師先生。

その三本柱がなければ、私はきっと既に死んでいただろうと思う。


何が言いたいかというと、
「2012年頃ほど症状が出ないようになってきた」ということ。
(寛解という言葉がしっくりこないので、こう書く)


牧師先生は私のことを
「foxyさんは異常者なんかではない」と言う。

Gさんも同じことを私に言う。


私が「境界性人格障害」であることでの
日常の支障が少なくなりつつあるのだと思う。

それでも自分がボーダーである、という自覚を持っていないと
症状をコントロールできなくなるような気がして怖い。

アイデンティティのひとつとして、
いや、もしかして免罪符として持っていたいのか。

躁鬱があるので死にたい気持ちは日々もちろんあり
無気力で何も出来ないことも多々あるけれど、

私は、
「ボーダーであり続ける」ということを「自ら選択している」ような気がしている。


このまま症状が小さくなり、もっと希死念慮がなくなれば
私は健常者のように生きられるだろうか?


生きていてよかった、と心から喜びを感じられるようになるだろうか?









にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 境界性人格障害へ

人気ブログランキングへ
[PR]
by foxyborderline | 2016-09-16 12:03 | 日々


境界性人格障害と躁鬱を抱える本人のブログ


by foxyborderline

プロフィールを見る

カテゴリ

全体
最初に
気づきから治療まで
DSM-IV診断・私の場合
死にたい
日々
治療について
仕事のこと
恋愛
書籍
マインドフルネス
未分類

最新の記事

「生きています」
at 2017-09-20 18:35
「幸せでも不幸せでも」
at 2017-08-24 10:58
「無題」
at 2017-08-23 11:07
「同衾」
at 2017-08-17 11:34
「通院とか、いろいろ」
at 2017-08-02 16:20

ブログパーツ

以前の記事

2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月

最新のトラックバック

ブログジャンル

メンタル
病気・闘病