カテゴリ:気づきから治療まで( 3 )

「境界例とわかるまで まとめ」

コメントに返させていただきます。

ボーダーかもしれない、判断基準に当てはまる、と自覚のある方は
精神科でその旨をお伝えされるのがいいと思います。

どうかボーダーのみなさんが、よい精神科医に巡り会えることを祈っております。



追記

ずっと、コメントの返信ができません。
すみません。
皆さんいつもありがとうございます。
励みになります。
全て読ませていただいております。





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by foxyborderline | 2017-03-05 13:21 | 気づきから治療まで | Comments(3)

「境界例とわかるまで〈2〉」

精神医療センターに電話し、紹介され
パートナーに連れて行ってもらったのは、
地元医大の精神科でした。

まずiPadでいくつもの項目に答える問診。
(統合失調症の質問がやたら多かったです)
医大生の見世物にさせられてから、ようやく医師と面談。

初診は、会話にもなりませんでした。
ただ死にたいと訴え、私は境界性人格障害だと訴えました。

数回に渡る診察で、診断されたのは

境界性人格障害
双極性障害 II 型」

人格障害に加え、短期間に躁と鬱を繰り返す
ラビットサイクラー型の躁鬱(それも欝状態が長いもの)…。

そもそも、10年欝だと言われていたのが誤診だったことが
この年齢になって分かったのです。
(欝と躁鬱の治療法は全く違います)

何をしてきたのだろう、という絶望感が、確かにありました。



●低容量エビリファイを長期に渡って服用する。

ソリューションフォーカストアプローチ(解決志向アプローチ;解決志向短期療法)を受ける。

ことで治療方針は固まりました。

カウンセリングなどと違い、過去のトラウマなどを一切引き出さない治療法なので
私には少し気楽ではありました。

過去はぜったい、変えられないからですが
それでも過去に恨みがある私には、とてもそれは辛い作業になりますから。

エビリファイについては、私は「ポジティブに考える脳」が全く働いていないらしく、
「ポジティブさを脳に癖づける為に」服薬して欲しいとのことでした。

そして、現在も治療を継続中です。
通院は、三ヶ月目。
泣きながら車を運転し通院することもしばしば。
使ったことのない脳を使わされる為、診察室で謎の頭痛に悩まされたりもしました。


医師曰く、
「初診は、人間ではなかったね」と。

今は、メキメキ良くなっているとのことです。
(自覚が乏しいのがまた人格障害らしいのですが…)


今、自分に想うことは

「よく、自分で境界性人格障害だと、気づけたね。えらかったね。
治療してもらいたい、自分を治したい」ということです。

まだ、死にたい、とも思います。
それは30年近く思ってきたことなので、
今すぐ変わるはずはなく仕方ないらしいです。

ですが、あの苦しみのなかで、今治療に向き合うことが
一歩確実に進歩だと、思いたいのです。
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by foxyborderline | 2012-09-10 17:09 | 気づきから治療まで | Comments(0)

「境界例とわかるまで〈1〉」

初めて、死にたい、と思ったのが、7歳。

それから私は、ずっと死にたいと思い続けていたような気がします。
幼少期のことを、いくつか記せるとしたら。

暴力と貧困。
父に殺されそうになったこと。
父が自らの腹に包丁を突き刺そうとした、たった二人の昼間のリビング。
父と母の水を叩く音。
からっぽの、冷蔵庫。
毎夜、父の専属ホステスだった子供。
鳴り響く、決して出てはいけない電話とドア。
ヤクザに連れて行かれそうになる子供。



私の場合、10代後半に鬱病と誤診されていました。

20代前半のころにアダルトチルドレン(略してAC)
(機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持つ、
という考え方、現象、または人のことを指す。)
という言葉を知り、自分で文献を読みました。

確かにACには当てはまるのですが、何か違う。
ACからくる欝だけでは説明できない症状。
それに抗鬱薬が効かない。

という部分が引っかかりながら通院をしたりしなかったりを続けた10年でした。

20代後半は自分自身で自問自答のように生きづらさをノートに記しては
自分で解釈しようと努力していました。
ノートを見た当時の主治医には
「自分で認知行動療法をしているね」などと言われていたり…。


何かが違う…と思いながら過ごしました。

その後離婚、不倫による見捨てられ不安が続き、
自殺未遂を数ヶ月に一度は繰り返す様になる日々。
数日失踪したり、無謀運転を繰り返したりもしました。

そんな中、たまたまネットで境界性人格障害を知り、愕然としました。
すべて、私にあてはまっている。と。

このままでは死ぬしかないのか、と思い、
地元医院を回りました。
初診一ヶ月待ちで、半年で4院。

「境界例だと思います」と一言口にした瞬間、
4人の医師は私を断りました。
「うちでは治療出来ません」と。

実は境界例を診られる病院というのは極端に少ないということも
この頃知りました。
確か、日本で10あるか、ないか…らしいです。

その頃私は、毎日の様に自殺未遂を繰り返していました。

市販薬の致死量を調べ、すりこぎで薬を砕き、服用したり、
ドアノブで首を何度も吊ってみたり、
近くの水辺に、体を浮かべたりしていました。


ただ、恐いのです。
もう、死ぬことしか考えられないのに
まだ、恐いのです。

でも、死ぬかもしれないという苦しみを自らに与えたあとは
「もう少し生きていてもいいでしょう、こんなに苦しんだのだから」
と自分に罰を与えたかのように、少しだけ生きていていいような気がしていました。
(今思うと、生きていてはいけない人間なんて、いないのですが…)

もう生き地獄とはこのことで、起きている間は、苦しみしかなく、
ひたすらベッドで泣き叫び、のたうち回る日々でした。
5日も6日もベッドから出られず、飲み物と煙草だけで暮らし、
お風呂にも入らない、人にも会わない。
そんな事もありました。

恐らく、7歳から抱えていた、心の問題が全て
境界性人格障害の症状として爆発した瞬間でした。

絶望し、電話したのは、地元の医療センターでした。
どこでなら、私を治療してくれるのか?
泣きながら電話した記憶が、定かではありませんが、おぼろげにあります。


そして、センターの方に薦められ、紹介されたのは地元の医大でした。

このとき、私が心の中で最も強く願っていたこと、
それは「愛されたい!」という想いでした。

私は、当時4年半も付き合っていた不倫相手に連れられ、医大に向かいました。


〈2〉に続く
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by foxyborderline | 2012-09-10 07:53 | 気づきから治療まで | Comments(0)


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