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「NHK チエノバ 境界性パーソナリティ障害の特集」

昨夜はNHKのチエノバ、
境界性パーソナリティ障害の特集を観た。

専用サイトにコメントもしていたほど
とても楽しみに、そして期待していた。


母がどうしても一緒に観たいというので
同じ部屋で、お互い黙って観た。


番組は、当事者がどのようにして生きているのかの再現ドラマ、
自身もBPDである咲セリさんという方の体験談、
そしてホームページに寄せられたコメントの紹介、
専門医の意見などで構成されていた。


30分という短時間の中、
大変コンパクトにうまくまとめられていて
とても素晴らしかった。

けれど、倍の時間を使って欲しかったなあ、などとも思った。

短時間では障害のさわりの部分にしか触れられない。

例えば認知行動療法などの治療法も紹介してもらいたかったし
被害者や支援者だという方々の意見ももっと聞きたかった。

でもまたこうして、境界性パーソナリティー障害についての番組があるといい。



観ている最中、再現ドラマに涙してしまった。

見捨てられ不安、
希死念慮、
自傷行為、
自己否定、
試し行為、

まさに一番酷かった時期の私のことだった。

それをフラッシュバックしてしまい、
思わず涙が滲んだ。


番組が終わり、ふと母を見ると母も泣いていた。

それから私を抱きしめ、

「ごめんね、なにも分かってあげられてなかったね」

「私の育て方が間違っていたんだね」

「私はあなたが生きていてくれるだけでいいんだからね」

と言った。


いきなりのことに動揺したけれど
私も泣いていた。

苦しみをすべて分かってもらえたとは思えないし
謝られても、あなたが私に与えなかった愛情の過去は変えられない、
と思ったけれど。


でも少しの共感を得たことは、すごく重要なことだった。

それから、恋愛も結婚も出産も諦めた今、
母が死んでしまったら私は本当にひとりになるのだな、と思いまた泣けた。


友達ですら、私を深くは理解できないはずだ。


日々苦しいことの連続で、
生きていることが辛く、
そして死に憧れている。

なぜ生きているのか。
その理由が分かるまでは
何一つ日の目を見ないのだろうけれど。


それでも私は生きていく。


いい番組でした。

また取り上げてほしい。


再放送は10月1日(木)午後1時5分からだそうです。

見逃した方は是非見てみてください。




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by foxyborderline | 2015-09-25 10:17 | Comments(2)

「無題」

昨日は、教会で牧師先生との面談だった。
(私は純粋なプロテスタントです)


3年前に別れた、元不倫相手Aさんの話をした。


先生はAさんのお父さんと繋がっていて、
Aさんの実情もよく知っている。



死んでほしいとまで思ったAさんとの
楽しかったことや良かったことばかりが思い出される、と。


私たちは無茶苦茶に、お互いの汚い部分を曝け出し合ったのに。


別れた直後、
私は激しく自傷行為を繰り返し、そして彼を責め続けた。


生きるか死ぬかの境目をさまよって

そして生きるために、彼との関係を断ち切った。


この3年間、
Cさんと付き合っても
Eさんと付き合っても

Aさんの影を追い続けていたのに。


Aさんとの愛は、愛されなかった父の愛とリンクしている。


3年私は彼を憎みきり、そして罪悪感を抱え続けた。


その3年の全てを知る牧師先生は、


「良い想い出ばかりを思い出し、
彼を恋しいと思えるようになったことは
赦しが完全に遂行された証拠です。

3年前より健康になった今、
それでも好きなのは
本気の素直な気持ちでしょう。

Aさんを好きなままでいてください。

結果は神様に任せましょう。

それからAさんを祝福し続けましょう」

と言った。


私は、

「Aさんと結婚したいです」
「Aさんの子供なら、なんの躊躇もなく産めます」

と口走っていた。


それはただの勝手な願望で、
叶えられなくても仕方ないことで。


それでも初めて口にした言葉に、
涙は溢れた。


3年間、1日たりとも
Aさんのことを考えなかった日はなかった。


私は私の気持ちに嘘をついてきたのだと思った。


私はまだ、Aさんを愛している。


父の愛の影を追っているとしても。


叶わなくても構わない。

愛されなくてもいい。

一生この想いを抱えたまま、
一人で生きてもいい。



今はただ、祈る。
彼に祝福があるように。



気がすむまで、静かに彼を愛していようと思う。


この想いが枯れたときに
私はまた何かを得るかもしれない。


ただ、自分の想いに嘘をつき続けなくてもいいんだ、
と思えたことだけで私の心は軽くなった。


素直に。

偽らず。



私は私の心を受け入れることを、赦す。



彼が平穏に毎日を過ごせるよう、
家族との関係が良好であるよう、
健康が保たれますよう、
仕事が順調であるよう、
祝福がありますよう、


ただそれだけを祈って
しばらくは、生きようと思った。








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by foxyborderline | 2015-09-14 08:56 | 恋愛 | Comments(0)

「9月のfoxy」

9月になった。


8月は低空飛行で、月の半分ほどは不調だった。

酒を飲み過ぎては泣き、日々は灰色だった。

それでも私は正社員の仕事は続けていて、売上も上げ、
会社では毎日笑っていたし
きちんと食べて眠って、日常生活は送っていた。

まあ、死にたいまま生きて行くということはそういうことなのだろう。

死にたいという感情が、日常生活にぴたりとくっついて離れてくれない。

そして、それが当たり前になってしまったのだから。

人間は、慣れる。適応する。

30年も死にたいという感情と共存しているのだから。


この間は月一の診察。

主治医は
「死にたくても大丈夫だよ」と私に言った。

もう、私が自殺を実行に移さないことを知っているのだ。




それから、
婚約破棄になってから母に勧められ、
私はお見合いサービスに入会させられていて
この間、その中の人と会ってきた。


財閥系の会社に勤める、年収1500万の男性。

結論からいうとお断りしたのだけれど、
年収に惹かれてしまったのは事実。

相手は私を気に入ってくれたようで、ひとまず結婚しちゃおうかな…と血迷ってしまった。
そしたら、私がまた臥せったときでも食うことには困らないな、と。


でも、私は今までことごとく男性を破壊してきた経緯がある。

そんな私を、健常者である男性に差し出せる訳がない。


人を傷つけることも怖く、そしてまた誰かと深く関わって、
いつものように気持ちを上下左右に揺すぶられるのが面倒だな、と思った。


パートナーがいれば、その人に甘え、依存し、そして毎日死にたい、と弱音を漏らすだろう。

そしてパートナーを、いつものように無茶苦茶にするだろう。



症状を今、コントロール出来ているのは、一人でいることも大きな要因だ。

そして、孤独耐性がついてきているのだと思う。



今はもう、結婚も出産も何も望んでいない。

お見合いサービスも辞めるつもりだ。


健常者のように、普通の家庭を持ち、普通の子育てをするということが
どうしてもイメージできない。


私は一度結婚に失敗しているし、
男性を支えることは不可能、きっと子供だって虐待してしまうと思う。


無責任に、誰かの人生を背負ったり、
無責任に、命を産み出すことなんて、私には出来ない。


私の人生はこんなに過酷なのに、
どうして愛しい我が子を、同じ過酷な世界に産み落とせるのか。


こうして、少しずついろんなことを諦めていっている。

「得ること」での幸せを求めすぎると、自分の首を絞めることになると思うようになった。


自分が障害者であることを認め、そして諦めていくことも大事だな、と。

どう逆立ちしたって、健常者にはなれないのだから。

足の無い人は、走れないのと同じ。

出来ないことは出来ない、と明確にして、そして自分なりに楽しく生きて行くしかない。



以前の様な、執念にも似た「愛されたい」という強い気持ちは、
空中分解してバラバラになった。


というか、
「愛されても、愛されなくても、どちらでもいい」
というのが正しいのかもしれない。


少し悲しいな、とも思うけれど。


私は私を大切に思えるから、それはそれでいいような気がしている。


誰かと関わることで、自他ともに潰れてしまうのなら
一人っきりで自分の心身を守り抜きたい。

少なくとも今はそれが、「私らしいボーダーの生き方」だと思える。



死にたいままでも、私は私を大事にして、
そして一人で楽しく生きることが出来るはずだ。







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by foxyborderline | 2015-09-03 16:37 | 日々 | Comments(6)


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