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「それでも生きている」

前回のカウンセリングを受けてから、少々不安定になりつつある。

軽い解離と物忘れが酷くなり、心ここに有らずといった感じだ。

全身を覆う死にたいという膜に加えて、現実味がないという状態になっている。



ただ幸い仕事が忙しく、人と会うことが増えてきたので
なんとか気を張って乗り越えようとしている。



次回のカウンセリングは30日。

その前に父の墓参りをしてから行くことになっている。

父が死んで、もう10年。


墓参りもカウンセリングもキャンセルしてしまおうか、とも思った。


怖いのだ。
また父のことで解離するのが。

私はただ、ふわふわと癒されていたいのに
トラウマ治療とは「恐怖に立ち向かうこと」であって、かなりの労力がいる。


普通の家庭に育った子供ならば背負わなくていい荷物を
こうして大人になっても抱えてしまっているというのは、とてつもないハンデだ。

それでも私は、死にたいと思わない人生に憧れている。
6歳のころから、普通の感覚を味わったことがない。

だから立ち向かいたい。




Gさんとは相変わらず。

ほとんど毎日寝食を共にしており、父のような愛情を一身に注がれている。

彼は私の症状が軽減すること、私が日常死にたくならないよう気を配ってくれている。


全てにおいて感謝しているが、
彼は奥さんと別居し、離婚届に判を押したからといって、まだ既婚者である。


でも、私はそういうことをもう深く考えなくなってしまった。

彼のことは好きだけど、きっとなるようになるし、お別れするときはするときなんだ、と。


Aさんとの不倫の時は、死んでしまおうと何度もし、彼を殺そうともしたのに。


おそらく人生においての価値観が、何か欠落してしまったのだと思う。

「何もかも手に入れられなくても構わない」
と心のどこかで思っている私はもう、真っ当な人生を放棄している。


何を持ってして真っ当なのかは分からないけれど、
私は単純に私と母親が食べられるだけ稼いで、ただ生きているだけで充分なんだろう。

それ以上、何かを求めることもない。

もし手に入ったとしたらただのラッキーであって、それは私の希望ではない。




死にたいまま、それでも生きている。

何の役にも立たなくても、希望もなくても、それでも生きている。


死ぬまでは生きよう。

死にたいまんまでも生きられる。










追記

ずっと、コメントの返信ができません。
すみません。
皆さんいつもありがとうございます。
すべて読ませていただいております。
力になることばかりです。

このブログは、拙い内容で何の役にも立たないと思うのですが、
境界性人格障害の治療が進んでいる証として残していきたいと思っています。





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by foxyborderline | 2016-10-25 10:35 | 日々 | Comments(4)

「幼児退行」

日曜にカウンセリングを受け、深くにしまい込んでいた父のトラウマを
心のテーブルに載せてしまったせいで
昨日は解離と、軽く幼児退行が起こっていたように思う。


夜はGさんの部屋で過ごしていたのだけれど
体が接触していないと不安になるだけでなく
些細な要求(私の思うタイミングで寝かしつけて欲しい、先に寝ないで欲しい等)が
満たされないと泣きそうになっていたりした。


最近はそんなことはなかったのだけれど、
明らかにボーダーの症状「見捨てられ不安」が強くなっていることに気づいた。


Gさんは何度も
「今は今だよ。
今は誰もfoxyを殺そうとしないよ、安全だよ」
と言って髪を撫でてくれていたのに、

眠るまで解離は続き、動悸は激しく、
体がどろどろに溶けてしまいそうな不安に駆られた。


26日は父の命日。

30日には父の墓参りをし、その後またカウンセリングへ向かう。

そのことがまた怖くて仕方ない。


本当は、父に愛されたこともあるはず。


でも、父に包丁を向けられた時に、全てが壊れてしまった。
あの時、父は自殺しようとしていた。
それを見つけた私に、包丁を向けたのだ。

昼間の居間、薄暗いオレンジのカーテンからの明かり。
悲鳴を上げる14,5歳ごろの私。

私にはその頃の記憶があまり、ない。



トラウマに立ち向かうことに身がすくんでしまう。


過去と現在がマーブル状に溶合って、私の脳みその中でぐるぐると回る。


私はもっと、父親に愛されたかった。
日常に暴力や貧困のない、普通の家庭に育ちたかった。



そんな想いを昇華してやりたい。

死んだ父を本当の意味で許したい。


本当は死にたくない。

どうせまだ生きるなら、本当はイキイキと希望を持って生きたい。

トラウマに、負けたくない。

だから治療を頑張らなくては。









追記

ずっと、コメントの返信ができません。
すみません。
皆さんいつもありがとうございます。
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力になることばかりです。

あと、メールアドレスを記載してくださる方がいらっしゃるのですが
個人的にご連絡を取ることは主治医に止められております。
私が通院しております病院、カウンセリングルームのご紹介もすることができません。
本当に申し訳ないです。

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by foxyborderline | 2016-10-19 10:28 | 日々 | Comments(5)

「カウンセリング 9回目」

先日は1ヶ月ぶり、9回目のカウンセリングだった。

8回目は記事に書くのが遅くなっただけで、
1ヶ月おきに通っている。

「こころを癒すノート」を元に認知処理療法を受けている。



セッションを2度も避けてきた父のトラウマに
いよいよ向かうことになるだろうと思っていたので
向かうのがとても気が重く、
Gさんに送ってもらったのだけれどすでに解離しかけていた。


「お父さんに包丁を向けられたときから、何か変化はありましたか」

そのことに関してカウンセラーの先生からの
質問の意味も捉えられず、答えられず、固まってしまった。


結局、私が断片的に話すことを先生がPCでテキストに起こしてくれた。




断片的な会話のまとめは以下。



「あの出来事(父に包丁を向けられたこと)があってから、心が壊れてしまった。

学校にも行けなくなった。

男性全てがとにかく怖くなった。

外にも出られなくなった。

あまりに辛い出来事過ぎて、私はあの時の記憶がない。

すごく年上の人を好きになる。

お父さんを重ねているように思う。

私はお父さんに愛されたかった。

私はそれまで、愛されて当然だったのに、全部取り上げられた。

まるで天国から地獄へ突き落とされたような。

それを受け入れることが出来なかった。

ずっと私は、自分のことを駄目だと思っていたが、
あの出来事があってから、それは決定的となった。

それは駄目な私は生きていてはいけない、ということだ。

私は誰からも愛されない、と思うようになった。

私の味方は誰1人いない。

周りはほとんど敵ばかり。

人に対して否定的になり、自分に無い物を持っている人をひがむようになった。

普通の家に育った子達が羨ましかった。」





これを話していた私は、解離が進んでしまっていた。


先生は何度も、
「foxyさん、目を閉じないで下さい!」と私に言い、
深呼吸すること、先生の目を見ること、秒針を見ることを勧めた。


自分でもおかしいと分かるほど挙動不審になってしまい、
目がキョロキョロと視点が定まらず、涙が溢れた。

奇声や大声をあげてしまいそうな衝動を、ぐっと押さえた。


「今は安全な場所にいます。その時に戻った訳ではありませんよ」
と先生は言った。


現実を確かめる為に、私は何度も自分の腕を掴んだりしていた。


それから、
「さっきfoxyさんが話したことをまとめたテキストを、紙に書き写して声に出して読んで下さい」
と先生から指示があった。

これをしてくれないと、今日はこのままでは帰せません、と。



私は泣きながら先生が打ったテキストを紙に書き写し、音読をした。


泣いていい、と先生は言った。



恐怖を乗り越えるんだ、と思いながら読んだ。

そして、少し落ち着いた。


「できたらテキストを書いた紙を、日常持ち歩いて読んだりしてみてください」
と先生は言った。


私は、「今は安全」だと感じなくてはいけない。



次回カウンセリングはまたいつも通り一ヶ月後かと思ったのだけれど、
2週間後に設定された。


父のことは私の中ではあまりに問題が大きいので、
長引かせず一気に片付けなくてはいけないということらしい。



カウンセリングルームから出て、車で待っていたGさんの顔を見た瞬間、
私は彼に抱きついてしばらく離れられなかった。

Gさんはただただ背中を撫で、私が落ち着くまで待っていてくれた。


帰路はやはり解離したままで、
脳みその中心にゴムの薄いフィルムが巻かれているような
ぼんやりした感覚のまま助手席に座っていた。

何を見ても話しても触っても、現実とは違う、と感じてしまっていた。


今こうしてテキストをブログに書いているのも解離しそうだ。


でも、出来事の意味を知るために、
乗り越えるために、全て必要な作業なんだ。


過去に、負けたくない。


乗り越えたい。


この生きづらさから開放されたい。



今は安全なんだ。

今は誰も私を殺そうとなんてしない。

大丈夫だ、大丈夫。











追記

ずっと、コメントの返信ができません。
すみません。
皆さんいつもありがとうございます。
すべて読ませていただいております。
力になることばかりです。

あと、メールアドレスを記載してくださる方がいらっしゃるのですが
個人的にご連絡を取ることは主治医に止められております。
私が通院しております病院、カウンセリングルームのご紹介もすることができません。
本当に申し訳ないです。

拙い内容で、何の役にも立たないと思うのですが、
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by foxyborderline | 2016-10-18 18:44 | 治療について | Comments(2)

「通院」

カウンセリングの後日は診察の日だった。

薬のせいか、あまりに午前中ぼんやり脱力し寝てしまうので
減薬を試みているところだ。



●セロクエル25mg ×1錠
メジャートランキライザー(強力精神安定剤)の一種。
統合失調症以外にも様々な精神疾患に用いられている。

●ラミクタール100mg × 2錠
脳神経の興奮をおさえて、てんかんの発作を予防する。
また、躁うつ病の維持療法に用いる。

を止め、

●頓服  エビリファイ内用液0.1%  6ml × 1
メジャートランキライザー(強力精神安定剤)の一種。
様々な精神症状に効果を発揮する。

●ルネスタ 1mg × 1錠
「超短時間型」睡眠薬。


の2種類だけに切り替えた。


「また酷くなったら、セロクエルとラミクタール飲んでいい?」
と主治医に聞くと、

「絶対だめ!!! 特にラミクタールは死亡事故があったので、急に飲むのはやめて!」
「皮膚がただれて、とんでもない死に方するよ」
と言われた。


私は死にたいのに服薬を気をつけるっておかしな話だなと思いつつ、
はいはい、と聞いていた。


でも減薬しても日常生活を送れているってことは、症状が軽減しているってことだ。

有り難いこと。

死にたいままでも、仕事も副業もしているだけマシか。


「こんなに働く精神障害者はなかなかいないよ」と友人には笑われているほどだ。


結構人目には充実して見えているんだろうな。


「死にたいという膜」が常に体中を覆っていなければ、私はもっと人生を謳歌できるだろうか。

その膜の間から、必死に手を伸ばして仕事をしたり人と関わったりしているので大変疲れるのだ。

常に死にたいと思わない人生なら、持つ荷物は少し軽いだろうか。


この日はカウンセリングの成果を話し、さっぱりと診察を終えた。



初診の頃に比べたら、私はとても穏やかだと思う。

自殺企図もしていない。
仕事もできるようになった。


もっと生きやすくなりたい。

もっと生きていてよかった、と思いたい。

贅沢かもしれないけれど。












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by foxyborderline | 2016-10-14 13:56 | 治療について | Comments(1)

「カウンセリング 8回目」

先月半ばに行ったカウンセリングの話。

その前はこのような感じ。


「こころを癒すノート」を元に認知処理療法を受けている。



4年以上苦しめられた、
Aさんへのトラウマが軽減され、フラッシュバックもおさまりつつある。


次は父のトラウマへ進もうということになった。

けれど、私はそれに対して拒否に近い態度を取っていた。


父の件でIES-R(PTSD評価尺度)を受けた。

結果は26点。

0と100、私は極端な点数の付け方をした。

25点以上だとPTSDの可能性大だと言われている。



過去に対して、記憶に蓋がされていることは薄々気づいていたので
点数は出ないだろうと自分で分かっていた。


カウンセラーは
「最初点数が出なくても、セッションを深めていくことでグッと点数が上がることがあります」
と言っていた。


この日はあまりに辛くなってしまい、通常60分のセッションを30分にしてもらった。


「取り組もう、と決めたことで動揺が起こることがあります」
「できるだけ早く次のセッションに取り組みたいのですが」
とカウンセラーは言った。


実際この日の帰路は気分が悪く、ひどく解離してしまった。

現実か夢か分からないままだった。


経済的な理由もあるので、結局次回のカウンセリングはいつも通り一ヶ月後にした。

でもやはり、この一ヶ月少し心の揺れはあったと思う。



本当は思い出したくないのだ。

父が包丁を持っていたことを。

私にそれを向けたことを。


その後の記憶がすっぽり無くなっているのは、心が防御しているんだろう。


でも、トラウマを乗り越えるということは
トラウマから逃げることではなく、立ち向かうことなんだ。


だから、逃げたくはない。


父のことを乗り越えられたら。

私はもう少し、この生きづらさから開放されることができるだろうか。


きつく閉じた箱の中から、何が飛び出すのか自分でも恐ろしいけれど。


私はトラウマに向き合う。









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by foxyborderline | 2016-10-14 13:41 | 治療について | Comments(1)


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