「境界例とわかるまで〈1〉」

初めて、死にたい、と思ったのが、7歳。

それから私は、ずっと死にたいと思い続けていたような気がします。
幼少期のことを、いくつか記せるとしたら。

暴力と貧困。
父に殺されそうになったこと。
父が自らの腹に包丁を突き刺そうとした、たった二人の昼間のリビング。
父と母の水を叩く音。
からっぽの、冷蔵庫。
毎夜、父の専属ホステスだった子供。
鳴り響く、決して出てはいけない電話とドア。
ヤクザに連れて行かれそうになる子供。



私の場合、10代後半に鬱病と誤診されていました。

20代前半のころにアダルトチルドレン(略してAC)
(機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持つ、
という考え方、現象、または人のことを指す。)
という言葉を知り、自分で文献を読みました。

確かにACには当てはまるのですが、何か違う。
ACからくる欝だけでは説明できない症状。
それに抗鬱薬が効かない。

という部分が引っかかりながら通院をしたりしなかったりを続けた10年でした。

20代後半は自分自身で自問自答のように生きづらさをノートに記しては
自分で解釈しようと努力していました。
ノートを見た当時の主治医には
「自分で認知行動療法をしているね」などと言われていたり…。


何かが違う…と思いながら過ごしました。

その後離婚、不倫による見捨てられ不安が続き、
自殺未遂を数ヶ月に一度は繰り返す様になる日々。
数日失踪したり、無謀運転を繰り返したりもしました。

そんな中、たまたまネットで境界性人格障害を知り、愕然としました。
すべて、私にあてはまっている。と。

このままでは死ぬしかないのか、と思い、
地元医院を回りました。
初診一ヶ月待ちで、半年で4院。

「境界例だと思います」と一言口にした瞬間、
4人の医師は私を断りました。
「うちでは治療出来ません」と。

実は境界例を診られる病院というのは極端に少ないということも
この頃知りました。
確か、日本で10あるか、ないか…らしいです。

その頃私は、毎日の様に自殺未遂を繰り返していました。

市販薬の致死量を調べ、すりこぎで薬を砕き、服用したり、
ドアノブで首を何度も吊ってみたり、
近くの水辺に、体を浮かべたりしていました。


ただ、恐いのです。
もう、死ぬことしか考えられないのに
まだ、恐いのです。

でも、死ぬかもしれないという苦しみを自らに与えたあとは
「もう少し生きていてもいいでしょう、こんなに苦しんだのだから」
と自分に罰を与えたかのように、少しだけ生きていていいような気がしていました。
(今思うと、生きていてはいけない人間なんて、いないのですが…)

もう生き地獄とはこのことで、起きている間は、苦しみしかなく、
ひたすらベッドで泣き叫び、のたうち回る日々でした。
5日も6日もベッドから出られず、飲み物と煙草だけで暮らし、
お風呂にも入らない、人にも会わない。
そんな事もありました。

恐らく、7歳から抱えていた、心の問題が全て
境界性人格障害の症状として爆発した瞬間でした。

絶望し、電話したのは、地元の医療センターでした。
どこでなら、私を治療してくれるのか?
泣きながら電話した記憶が、定かではありませんが、おぼろげにあります。


そして、センターの方に薦められ、紹介されたのは地元の医大でした。

このとき、私が心の中で最も強く願っていたこと、
それは「愛されたい!」という想いでした。

私は、当時4年半も付き合っていた不倫相手に連れられ、医大に向かいました。


〈2〉に続く
[PR]
# by foxyborderline | 2012-09-10 07:53 | 気づきから治療まで | Comments(0)

「境界性人格障害の方に、死にたいと言われたら」

これは、私が死にたい時に、して欲しいことを書きます。

恐らく、境界性人格障害を支える方々は
大変苦労されていると思います。

現に私を支えてくれたパートナー達は
欝のようになったり、大変傷つけてしまったことが多かったのです。
元旦那さんには、離婚も経験させてしまいました。

愛されたい、愛したいのに、それすら叶わない、
情けない障害者であるということを私は自覚しています。
そして、申し訳なかったな、と思います。

参考になれば幸いです。


「死にたいと言われたらどう対処するか」

会えるのであれば、何も言わず、
抱きしめてあげてください。

ただ、寂しく、虚しく、心が壊れてしまいそうな位不安なのです。
お説教も、叱咤激励も、何も必要ありません。

私であれば、9割の確率でその日を生きていけます。

会えない状況であったり、電話やメールでやりとりするのであれば

単純に「君がいないとダメだ」「生きていて欲しい」「必要だ」
それから「大丈夫」だと言ってあげてください。

それでも食い下がる場合が多々あると思いますが、
一貫して上記の言葉をバリエーションを変えながら
淡々と話しかけてあげてください。


安定した信頼感は、境界例を救います。
この人は、私を裏切らない、という安心感がひとりでいいから欲しいのです。

でも、もし、支えるあなたが壊れそうなのであれば、潔く速やかに逃げてください。
そんなに生半可に救える障害ではないのです。
医療専門機関に相手を繋ぎ、それでも支えきれない場合は、逃げて構いません。

放っておいても、この障害を持つ患者の10%が自殺を完遂します。
死ぬときは、人間は死ぬのです。
あなたのせいではありません。


今、私は誰もいないので、不安定な日々が続いていますが
もし私が死んだとしても、それは仕方ない、と思って貰いたい、と思っています。

本来は「自分だけは自分自身を裏切らない」と思えることが正常なのかもしれません。

人は、誰かに支えてもらっても生きられますが、
全てを支えてもらうことは、やはり出来ないと思うのです。


参考になれば幸いです。
[PR]
# by foxyborderline | 2012-09-09 16:06 | 死にたい | Comments(0)

「〈4〉私の場合」

〈4〉 自己を傷つける可能性のある衝動性で、
少なくとも2つの領域にわたるもの(例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、むちゃ食い)

自殺未遂以外で、の自己破壊行動ですね。

これはもう、自己評価が低すぎるので
堕ちることまで堕ちてしまえ!という衝動です。

私の場合は、性行為、物質乱用に及びました。

性行為、まず、男性が側にいないと淋しさや虚しさを乗り越えることが
出来ない時期がありました。
常に恋人がいたり、恋愛の駆け引きをしかけたり、などです。

セックスをしているとき、腕に抱かれているときだけに
生きている、と思ったこともありました。

物質乱用はドラッグや、薬物の乱用のことです。

お酒も入るのかな。

過去、初対面の男性から薬物をもらったり、市販薬でラリッていたりしました。
お酒も、倒れるほど飲んで路上で半分死んでいたこともありました。

「どうなってもいい。死んでもいい」という自尊心の低さは
ここまで無茶な行為に発展するのか、と今なら思えます。
「風俗嬢になりたい」と思ったりもしました。

とことん堕ちて死んでしまいたい、という考えが常にあるということです。


どうして、自分を大事に出来ないのか。
今はそう思います。

自分を大事にする、愛する、ということが、
全く分かっていないのが、この障害でもあると言えます。
[PR]
# by foxyborderline | 2012-09-09 15:51 | DSM-IV診断・私の場合 | Comments(0)

「〈3〉私の場合」

〈3〉 同一性障害:著明で持続的な不安定な自己像や自己観


これは安定した自己像がなく、
社会価値や職業、役割などに帰属しているという感覚がない状態が
ずっと続くことです。

アイデンティティ(自我同一性)が混乱していて、
自分というものがはっきりしません。

私は、どこにいても、何をしても
自分がここにいてもいいのか、という不安とともに生活しています。
自分の考えが正しいのか、それすら分からずに。

それが、現実に求められている職の場であれ。
仕事の場合であれば、この状況では
まず達成感というものが得られることはありません。

そして血の繋がった家族であれ、友人であれ、帰属感というものが希薄なのです。

これも大変辛く、自分がいてもいなくてもいいような感覚でしかいられません。

なので私の場合は二者関係の極みである恋愛に逃げ込むことが多くありました。

しかし、その恋愛感情すら、しがみつきの心理である故、
本当の愛ではなくなるのですが。


よく「そのままの君でいい」などと言う言葉がありますが
その「そのまま」ですらコロコロと変わってしまうので
自分でも分かっていないような状況です。

だって、自分というものが、明白ではないのですから。


私はいまも、それを探している途中です。
[PR]
# by foxyborderline | 2012-09-09 15:38 | DSM-IV診断・私の場合 | Comments(0)

「願望」

もし願いが叶うとしたら、死にたい。
切にそう思う。
痛みも苦しみもなく、悲しむひとがいないなら。

日々は自分を責めることばかりです。
生きる価値が無いと思い、
誰かに愛されたい、と願い、
だいたいはそれに破れます。

もう、ひどい時は、生き地獄です。

何度死のうとしても、死にきれません。
それは叶わないから、生きるしかないのです。


現在私はソリューションフォーカストアプローチという手法で治療を受けています。

『問題の理解』ではなく『解決の構築』に焦点付けしていくカウンセリング技法で
例外(クライエントの問題が起こっていない状態)や
解決の手がかり(リソース)をクライエント自身が探索できるように、様々な質問を行います。

いわば、行動療法のひとつなんではないでしょうか。

精神科医が一番最初に私に質問した質問は

「何もかもが叶うとしたら、何になりたいか」でした。

死にたいという答えは受け入れられなかったので、考えた末私の答えは

「普通の人間になりたい」でした。


境界例でなければ、いいのです。
わたしが、普通の人間であれば、この苦しみもなかったはずなのに、と思います。

乗り越えられる、と書物やネットには書かれています。

それは、死にたい気持ちをひたすら我慢する、忍耐する継続なのです。

迫ってくる自分自身の悪しき気持ちと向き合い、自らで対処していく。

ただ、生活するだけで精一杯なのに、境界例の人間というのは無駄な労力がいります。


どのようにしてそれを抑えているか、またそれは継続して書きたいと思います。
[PR]
# by foxyborderline | 2012-09-08 18:40 | 日々 | Comments(0)


境界性人格障害と躁鬱を抱える本人のブログ


by foxyborderline

プロフィールを見る

カテゴリ

全体
最初に
気づきから治療まで
DSM-IV診断・私の場合
死にたい
日々
治療について
仕事のこと
恋愛
書籍
マインドフルネス
未分類

最新の記事

「不倫について」
at 2017-04-26 15:37
「死にたい日々は続く」
at 2017-04-25 10:35
「カウンセリング 13回目」
at 2017-03-22 16:27
「境界例とわかるまで まとめ」
at 2017-03-05 13:21
「ずる休み」
at 2017-03-02 14:10

ブログパーツ

以前の記事

2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月

最新のトラックバック

ブログジャンル

メンタル
病気・闘病